きょーこ旅行記「プエルトリコ&エクアドル」 2002.06.19

 冬のオフシーズン、管理人の旅
  
 湯野川恭子は、2001年お正月明けから、プエルトリコ&エクアドルに約1ヶ月出かけていました。なぜ、そんな昔の旅行記が? それはね、古いメールを整理していたら、出てきたから(笑)。去年のはじめにこれを送りつけられた方がいらっしゃるはずです。で、永遠に削除するのはもったいないので(?)再録と相成りました。ちょっとは、文章の校正もしてみましょう(ホントか?)

PUERTO RICO
 プエルトリコに行く理由?は、あまりなく、単に行ったことのないカリブだから、見てみたかっただけなのでした。航空券代が、マイアミまでと数千円しか変わらなかっただけ、というのも大きな理由かな(笑)。
しかし、航空券は安かったものの、冬のオンシーズンでホテルの値段がすごく高くてびっくり。こっちからじゃ、とても予約できる値段ではなく、(例えばハイアットで、1泊$350−ぐらい)サンファンの空港の観光案内所でホテルを探しました。案内所の日本びいきのお姉さんありがとう。彼女が大学時代、日本人の教授がいて(私と同じ名前)、とても良い先生だったそうです。いつも思うんだけど、国際間の問題を埋めるのは、国家対国家の政策ではなく、人と人との関係なんだなって。
 サンファンから離れたリゾートにも行ってみたかったのですが、公共の交通機関があまりなく(アメリカ人観光客は、レンタカーで移動する)、適当なホテルも見つけられなかったので断念。オールドサンファンや、昔の要塞に行ったり、1日のツアーで島の中心部の鍾乳洞見学、なんかをやってました。そして帰りの空港のアメリカン航空の職員のお兄さんもありがとう。自分のコンピューターで出来ないことを、わざわざマイアミまで電話して、エクアドルまでビジネスクラスにしてくれたのでした。

ECUADOR
 エクアドルは、首都のキト(海抜2,850m)に着くのが夜遅く、治安も悪いのでさすがにやばいと思い、オスタル(ペンションのようなもの)を予約して行きました。そこで1週間、午前中は旧市街や近郊を歩き、午後2時〜6時まではスペイン語の勉強(先生に宿まで来てもらっていた)をしていました。そこから、4,000m級の山にハイキング(どこがハイキングなんだ?!)に行ったりもしました。
宿はなかなか快適で、薪の暖炉が燃えていて、サウナもある。物価も安くて美味しいものも見つけた。でも、キトは寒いし、どうしても気持ちは海に近い所に向いてしまう。

 ということで、次の週は、太平洋の海岸沿いに移動。目的地は、国内線で40分飛び、バスや船を乗り継いで4時間以上という僻地の村。から、2km離れた海岸にぽつんと建つ宿。「地球の歩き方」の地図にはそこま通じる道もなく(えっと、南米編のエクアドルの地図は無茶苦茶です)、「ロンリープラネット」でさえ、ほんのわずかの情報しか載っていない所に行きました。
 でも、海はサーフィンに適した波が立ち、ヨーロッパやアメリカからのサーファーが、長期滞在しています。そして、その宿でもスペイン語を勉強できるのです。午前中近隣の村から先生(といえるものではなく、私の担当は17歳の女の子だった)がやって来て、4時間のレッスン。午後は、海岸のハンモックでお昼寝&ボディボード。
 の予定が、歯がモーレツに痛み出し、毎日歯医者通いになってしまったのです。でも、何しろそこは、エクアドルのど田舎。いつ来るかわからないバスで30分の一番近い歯医者はとんでもなく、またそこから船に乗って対岸の町まで行き、違う歯医者を探して通っていました。しかも、ここでガラパゴスのオイル流出事故のニュースを聞き、宿の皆に、「私、来週からガラパゴス行くんだよ」 と言うと、「そりゃあいい、やっぱ、ボランティアで油の掃除だよね」 ガラパゴスのクルーズ、中止になるんじゃないかって、ちょっと本気で思いましたよ。しかし、エクアドルの田舎で歯医者通いは、悲しすぎる!!でも、2番目の歯医者は、「来週からガラパゴスなんですぅ」という私の訴えに、土曜日も特別に治療してくれたいい人でした。日本の昭和30年代の設備だったけどね。
 そんな状態でも、太平洋に落ちるものすごい夕焼けの中、周囲数キロ誰もいなくて、波間を漂うボディボードに乗っていると、ちょっと感動!な気持ちになります。

 またまた長時間かけて、キトに戻り(後で考えれば、グアヤキルに行って飛んだほうが近かった。でも、グアヤキルって、すんごい治安悪いの)、翌日のフライトでガラパゴスに出発。今回のガラパゴス行きの飛行機とクルーズの手配は、最初のキトに滞在中にしました。だって、何の予定もなくエクアドルに行き、日本を出るときは、本当にガラパゴスまで行きたいのかどうかわからなかったんですもの・・・

 ガラパゴスに着いて最初は、4泊5日のクルーズ。(ダイビング用のクルーズじゃない)ところが、予約した船が3日前にエンジントラブルを起こしたらしく、違う船に変更されていました。あとで、プエルトアヨラに停泊している予約していた船を見たら、「ちっ、あっちの船の方がいい」だったのですが、ラッキーなことに、変更されて乗った船は定員16名に乗客15名、カップル以外は全員男性だったので、私はアッパーデッキ、海の見える部屋を一人で使えたのです。これはかなり快適。
 ガラパゴスの島に上陸するのは、ウエットランディング(ビーチに小船をつけ海に入って上陸する)と、ドライランディング(岩場に船をつけられるスペースがあり、靴を履いたまま飛び移る)が、あります。アシカがごろごろ昼寝しているビーチや、サボテンの生えた岩場にいるイグアナ。アオアシカツオドリにグンカンドリ。などを毎日見て、それは本当に夢のような日々でした。雨期のはずなのに、毎日快晴、ベタ凪。ご存知の方もいるかと思いますが、湯野川恭子は、天気運は、めっちゃいいんです。
アシカといっしょに、スノーケリングも出来ます。

 クルーズの後は、プエルトアヨラに2泊。本当はもっと長くいたかったのですが、飛行機の順列組み合わせでこうなってしまいました。ホテルは、クルーズ中にダーウィン研究所を訪れた後、お土産などを買う自由時間があったので、その時にプエルトアヨラの町を歩いて、気に入ったホテルを探し、部屋も見せてもらって予約しておきました。テラスが海に面していて、デッキチェア−に座ると、下にいたイグアナがぞろぞろ逃げ出す・・・ なかなか最高の部屋でした。オーシャンビューの部屋って、そんなにないんですよ。

 そうそう、ようやくダイビングです。
ホテルガラパゴスにある、スクーバイグアナは日本からもツアーが出ているところで、へそ曲がりの私は他のショップにしようと、他の町中のショップを探したのですが、人数が集まらないとツアーが出せない、ということでダイビングが出来ない。最後のショップで、ここで出なかったら、やっぱりスクーバイグアナに行くしかないよな・・・と思って聞いてみると、「ゴメンネェー、うちは明日ダイビングないのよ。でも、彼のところだったら、なんとかしてくれると思うんだけど」 と、隣で話していた男性に紹介されたのが、スクーバイグアのオーナー、マシアス。おいおい、何で他のショップにいるんだよー。

 翌日、フローレアナ島に。え〜、こんな小さなボートで遠出するの? と、思ったのですが、そこは湯野川恭子、天気運はばっちりで、またまた完璧な、絵に描いたようなベタ凪。2時間あまりのトリップは楽勝。風景は、バハ・カリに行ったことのある人は、ラパスの海を思い出してもらったら、かなり近いものがあると思う。
 見たかったのは、ハーレクィーン・ラス(ニシキゴイみたいなやつ)と、サイスバタフライ、ガラパゴス・ブルーバンデッド・ゴビー。バットフィッシュも、見たいけど、それは無理だと思ってた。
 1本目、クロサンゴの森になっていて、クダゴンベが多い。ブリーフィングで「ガイドより深く&30m以深には行かないで。60分までは潜っててOK」だったのですが、ガイドは13m線を流しているだけ。そう、それより深く行くと冷たい潮が入っていて、すごく寒いのでした。「悪いけどさー、私もうちょっと深く行くよ」 と、潜っていたら、サイスバタフライ見っけ。以前ガラパゴスの写真集で、サイスのキャプションに「気絶しそうなくらい珍しい写真」と、出てたのを覚えている。でも、そこで4個体見つけた。ブルーバンデッド・ゴビ−も多数発見。ということで、非常に満足のいくダイビングでした。あ、アシカは山ほどいました。ラパスの何倍も!
 次のポイントも、流れたら早そう!なポイントで(その時はちょい流れ)、サメ、回遊魚ねらいのポイント。まあ、マシアスに言わせると、ガラパゴスに来るダイバーの99%は大物ねらいなので、そんなものどうでもいい、と言いきった私は、「あとの残り1%。すごく珍しい。生物学者なの?」 と言われてしまったのだが。ちなみに、ガラパゴスで真面目に生物の話をすると、すぐに職業は生物学者なの? と、言われます。
 もちろん、でっかい群れがいっぱい。ガラパゴスシャークやハンマーヘッドといった他のダイバーを満足させるものはもちろん、やったー!!ニシキゴイ君。うちの湯野川が昔ガラパゴスアグレッサーに乗った時、ほとんどいなくて、「イサベラの西に行かないとたくさんはいないらしい」と、言っていたので、なんとなくあきらめていたんだけど、7個体発見。2ダイブで見たいものほとんど見ちゃった、ラッキーなダイビングでした。

 結局オイル流出の被害は、この目で見ることはなかったのですが、本当に限られた範囲のこのガラパゴスの自然が、人的被害で犯されていくことを考えると、たまらない気持ちになります。

 私が行った時のエクアドルは、非常事態宣言中で、キト中が迷彩服を着て銃を持った兵士におおわれる、って感じだったけど、私自身が危険だと感じたことは1度もなかったし、出会ったエクアドルの人々は、本当にいい人々で、物価も安く、食べ物も美味しく、いい思い出しか残っていません。もちろん、危ないと言われている旧市街はなかなかエキサイティングで、「こんなところでカメラやビデオを回したら危ないよな」と思いつつも撮影していると、案の定後をつけてくる男がいたり(人通りの多いところを選んで歩きつつ撒いた)、注意していないといけないことは、もちろんあります。

 ガラパゴスは、思った以上にいい所で、近いうちにまたぜひ行きたいと思っています。みんなも絶対一度は行ってみるべきだよ!!
 ガラパゴスはクルーズが有名だし、ダイビングももちろん面白いし、動植物は見るべき価値がある。でも、私は、そこに住む人々のことを考えてみたこともありませんでした。ねぇ、みんな、ガラパゴスにも町があって人々が暮らしている、ってイメージしたことがありました? プエルトアヨラの町は、15年前は2千人だった人口が、今では8千人になっているそうです。観光を当てこんで、エクアドル本国から、外国から、人がどんどん入ってくるそうです。ゴミや食料のの問題は、ガラパゴスでは深刻です。ガラパゴスのゴミは、今はエクアドル本国から食料とか物資を運んでくる貨物船が、帰りに持って帰っていますが、それまでは、山に捨てて積み上げてたらしい。その跡も見に行きました。だって、住人も観光客もどんどん増えて、飲み物はペットボトルだし、食料も包装がすごいし、どうしようもない状態です。
 「考えてもみてよ。このままいったら、ガラパゴスの自然や町はどうなると思う?僕はここで生まれたし、ガラパゴスが大好きだ。ガラパゲーニョなのを、誇りに思ってる」 22歳の青年のいった言葉は、忘れられません。

 次回のガラパゴスは、ちゃんと撮影器材も持って行きたいので、ぜひぜひダイバーのみんなは一緒に行こうね!! 

ガラパゴスの生き物
リクイグアナ

ひょうきんなポーズで、愛らしく歩き、サボテンの木の下でよく見かけます。
夕方、植物をむしゃむしゃ食べてる画をビデオで押さえていたら、NHKの取材班に「あ、いいとこ撮ってる。うちで撮れなかったらもらおうかな」と、言われました(笑)。
ウミイグアナ

海を見ている表情は、まるで哲学者のようです。
これは、この島だけにいるとても綺麗な色の個体。
ガラパゴスホーク

今では、すごく個体数が減っているそうです。見られてラッキーなんだそう。高い気の頂上にカップルでいました。
アオアシカツオドリ

おしゃれな靴下。
最初は、わぁーすごい、と思いました。
でも、アオアシカツオドリのコロニーに行ったら、荒れた地面の上にいっぱいいて、トレイルの途中にもいて、脅かさずに歩くのに苦労しました。
アシカの赤ちゃん

アシカの赤ちゃんがいっぱいいました。
ものすごく可愛い。でも、すべてが生き残れるわけではありません。
アシカのお昼寝

いたるところで、お昼寝しているアシカを見ました。海辺のビーチ、サボテンの木陰、岩の上。彼らにとって気持ちの良いお昼寝の場所はどうやって決めているのでしょう。この平和な時間がいつまでも続きますように・・・